読書のすすめ第10集
いちばん恐ろしい本 池澤夏樹
よくアンケートなどで、「あなたの人生を変えた一冊の本」という質問がある。そう問われるといつも反発する。本の一冊くらいで人生が変わってたまるか。
とりあえずそうつぶやいてみるのだが、本当を言うとぼくの人生を変えた本は実存した。・・・
読書を習慣とする物にとっては、一冊の本が人生を決める契機になることがある。・・・
この世界の現実に立ち向かわなければならない時にはラス・サカスを右手にしっかり持ち、疲れて心を慰める時にはたとえば古代ギリシャの恋の話をゆっくりと読む。
本というものを使いこなすスキルを身につけると、世間を渡るのがずいぶん楽になる。日本の社会で知識人として生きるのは、ある意味で一つの荷を負うことだけれど、これは負うに値する荷だとぼくは思う。
そして、岩波文庫に納められた無数の古典はそのスキルの手助けをしてくれる。